小学6年生の時の夏休みの自由研究で
俺は近所の雑草を写真に撮って名前を調べるという事をクラスで発表した
今でも覚えているのは「オオバコ」くらいだが
これがまた不評で、というか笑われて
無駄に恥ずかしい思いをしたワケだ
そりゃ動機は雑草への興味というよりは、手っ取り早くできるからってのがあったけど…
でも今思うと、着眼点はそう悪くなかったんじゃないかな
少なくともみんなの笑い者にされるほどの事はなかったのではと思うな(昔の教育現場の恐ろしさか)
現在の俺が観賞用植物よりも雑草の方に興味があるのは、この時の自由研究があったからだとまでは言わないけれども
もっとも雑草という分類は人間の都合によるものにすぎないワケだ
観賞用植物というのも考えようによっては、人間が「美」を追求して作り上げたフェティシズム的な何かを連想させるので、興味深いとも言えるけども
例えば美容整形や、刺青、纏足、お歯黒、ある種の部族の奇習などに似たような
最近見つけた気になる雑草 不気味な色と形 名前はまだ調べていない
それにしても最近の「自然」に対する関心というか感心というか、我ながら驚くほどでありまして
だって全然興味なんかなかったワケだから
どちらかいえば、都会志向の「シティボーイ」派だったのよ(今となっては恥ずかしいですな)
これやっぱり年齢的なものでしょうかね
カッコよくいうと、西洋派の作家や芸術家が「日本回帰」するような
そのうち郷土史なんかにも関心を持つかも(あまり関係ないか)
ま、「自然に帰れ」的なものに興味があるワケじゃないし、最低限の事はしているけども気を配っている方でもなくて、でもウソでも関心を寄せているような態度も必要な昨今だし
あ、でもあんまり悪意で解釈しないでくださいよ
世界的にも、また今現在の日本においても気掛かりな異常気象としか思えない現象、現実に対しては誰しも無関心でいられる訳がない
back to nature by Fad Gadget(1979)
ちなみに「自然に帰れ」といえば、ルソーの言葉と習ったものです(今は知らない)
ところが小林善彦という18世紀思想の専門家によれば、そんな事は著作の中で一度も言っていないそうで、むしろ「自然には帰れない」という趣旨のことを言っている、と
どうもアンチ・ルソー派が広めた言葉ではないのか、との事ですよ