1973年リリースで、原題は “American Tune”
ソロ後のポール・サイモンの代表曲のひとつと言われている
代表曲どころか、一部では第二のアメリカ国歌などと呼ばれているらしいけど、本当かな
オバマ前大統領がテーマソング的に使って演出したらしく、ポール・サイモンとしてみれば名誉な事ではあるだろうけど
もちろんトランプ大統領が使ったら激怒するだろうな
いや、こんな考え方が日本的なような気もするが、そんな事はどうでもいい
ここで書こうというのは、その手の政治的な話じゃない
Simon & Garfunkel - American Tune (from The Concert in Central Park)
(1981年の S&G 再結成コンサートより)
故郷から遠く離れた所にいる主人公
これまでいい事などほとんど無かった
でもこれでいいんだ、と受け入れている
これはサイモン&ガーファンクル、1969年の「ボクサー」を想わせる
やはりいい事の無かった孤独な青年の歌
ある日冬支度をしてたら不意に家に帰りたくなった
毎日が辛くて寂しくて、でも負けるものかと踏ん張っている
本当はこんな所にいたくなんかないのに
でも今日も何故か同じ場所で頑張っている
同じように「アメリカの歌」の主人公もそんな毎日に疲れているのだ
そして大サビで歌われるのが次のような歌詞
メイフラワーと呼ばれる船に乗って僕らはやってきた
月に向けて飛び立つ飛行船に乗って僕らはやってきた
現代の最も不確かな時間に僕らは到着した
そして僕らはアメリカの歌をうたっている
(山本安見訳)
正直言うと、この部分の意味がよく分からない
メイフラワー号でやってきた僕たちは、今や月に向けて飛び立つ飛行船に乗っている、というのだったらまあ分かるけど
いや、英語ばかりか詩情までも解さない人間がゴチャゴチャ言うのはやめよう
でもアメリカ人はこういうの好きそうだなと思う
メイフラワー号、アポロ計画、当時の「不確かな」世情、「そして僕らはアメリカの歌をうたっている」となったら、何だかよく分からなくても込み上げてくるものがあるだろう
日本人の俺でもグッと来る
あとイギリス人のエルヴィス・コステロの歌
1983年の “The World and His Wife” 、邦題はなんと「コステロ音頭」
この邦題、賛否あるようだが…
どこかの男と駆け落ちしてしまったオフクロ
オヤジはゴミを捨てて来ると言って、オフクロを探しに行ったっきり帰ってこない
当てもなく彷徨っているばかりなのだ
涙とナンセンスも果てて 夕方になると
感傷的になってきた
海のむこうの故郷をなつかしみ
くり返し 国歌を歌う
調子を変えて 何度も歌う
(金田逸子訳/ピーター・バラカン補訳)
故郷を懐かしんで繰り返し国歌を歌う、なんてこれまた沁みてくる
邦題通りの「音頭」みたいなリズムと悲喜劇的な歌詞がいいよ
この邦題の少しおどけた感じがまた感動を誘う、と思うけどね
Elvis Costello - The World And His Wife
ここでの国歌を日本人にとっての国歌と同様に考えてはいけない
イギリスは戦勝国であり、またこの曲は「ブレグジット」よりずっと前に作られたのだ
、、、なんて冗談ですよ
それはともかく、そんな感じの歌は日本にはあんまり無いんじゃないかな
知ってる範囲では、奥田民生1998年の「さすらい」が近いような
会いたくなったら昔の歌を歌うよ、なんてグッと来るな、俺は
奥田民生 - さすらい I From YouTube Music Night 2019.11.13
日本で、同じ文脈で「日本の歌」とか言われてもピンと来ないもんね
ましてそれが「君が代」だったりすると、サヨクじゃなくとも変な感じがする
だから郷愁を誘う「昔の歌」っていうのが一番いいのかも
と、そんな事を思って、という訳では必ずしもないけども、先日『日本の民謡』CD10枚セットなんてものを衝動買いした
北海道から沖縄までの民謡が地域別に収録されている
まだ全部聴いていないけども
改めて聴くと何だかいいんだ
ああ俺は日本人なんだな、とちょっとだけ思う
今俺は日本民謡を、ポール・サイモンやコステロを聴くのと同じような気持ちで聴いている…とまでは言わないが
(敬称略)