一昨年(2016年)の1月10日、David Bowieの突然の訃報に全世界中が驚いた
その時の事はよく覚えている
仕事中、会社のPCのヤフーニュースの見出しで知ったのだが、新譜『Blackstar』が出たばかりだったので初めはピンとこなかった
2016年1月8日発売された『Black Star』が俺の手元に届いたのは翌9日の事で、そのニュースはいまひとつ飲み込めず、それから次に思ったのがデマじゃないのかという事
何年か前に引退説が出ていたにもかかわらず、突然のニューアルバムリリース予定の発表があって、実際に無事『The Next Day』(2013年)が発売された事があったからだ
しかし次第に、それはどうやら本当の事らしいと理解すると、その我が十代からのヒーローの死は、俺に初めて、直接知りもしない人間の喪失感を味わせた
ボウイの魅力は何だろうか
見た目のカッコよさはもちろんであるが
以前ロディ・フレイム(アズテック・カメラ)はコード進行をその理由に挙げた事がある
本来なら当たり前すぎる理由だが、ことボウイに関しては意表を突いた指摘だと思った
そして俺も同感である
とりわけ70年代前半の曲はそうで、複雑な訳でもないし、テンションコードばりばりって訳でもなく、至ってシンプルなのに、なぜそう感じるのかは分からない
メロディやアレンジ、演奏や音色とは不可分なものかもしれないし、俺にもっと音楽の素養があれば、もう少し楽理的な説明もできたのだろうが
あとは何より声という事になるだろうか
これはロックやポップスの本質で、誰でも大なり小なり持っていて、カバーすると物の見事に消えてしまうところのものだ
俺にとってのボウイ・フェヴァリット・アルバムは何かと言うと選ぶのに困ってしまう
やっぱり70年代のアルバムのどれかという事になるが、でもそれらに順位をつけるだなんて、それだけで冒瀆的な気がするのだ
80年代以降では『Outside』(1995年)や『Heathen』(2002年)が好きだし、復帰後の『The Next Day』(2013年)、『Blackstar』(2016年)も大傑作だと思う
特に遺作となった『Blackstar』は、坂本龍一が「十分に挑戦的でやる気に満ちていて、絶対に癌患者の声質ではない」と語ったように、俺にも「白鳥の歌」には今でも聴こえないし、声の力強さは全く従来通りにしか聴こえない
俺は2004年3月9日の日本武道館公演を観に行っている
実は初めてのボウイ生ライヴであった
真っ暗な中、長いイントロダクションから一転、ボウイにスポットライトが当たり『Rebel Rebel』が歌われた瞬間、俺はしばらく足の震えが止まらなかった
素晴らしい体験だったし、結局最後の日本公演だったので、無理して観に行った甲斐があったと思っている
ボウイは本当に死んだのだろうか
俺の心の中にずっといる、という意味ではなく言葉そのままの意味で、本当に死んだのだろうか、という想いがある
かつてインタビューで、自分は多作家だから死んだ後に大量の未発表曲がリリースされるかも、みたいな事を言っていた
俺はそれを真に受けたまま、待ち続けたいと思う
最後に俺がずっと気になっている事
ボウイのサックスの音色だが、一種独特というか、何か抜けた様な音とでもいうのか、あれは一体何なんだろうか
俺はサックスを吹いた経験がないのでよく分からないが、’71年『Hunky Dory』の冒頭「Changes」のイントロから、少なくとも’93年『Black Tie White Noise』でのプレイまで、ずっとその音色は変わらない
ひょっとして上手くない人の音なのかもしれないが、いずれ他では聴けない音色なのだ