ぱらの通信

思い付きと思い込みの重い雑感集

高橋幸宏ソロデビュー40周年記念に寄せて

今年でソロデビュー40周年を迎えた高橋幸宏、家では高橋先生と呼んでいる

俺は敬愛するミュージシャンは基本全て家では「先生」付けだ(家の中だけよ)
細野先生、坂本先生、デヴィッド・ボウイ先生、ルー・リード先生、スコット・ウォーカー先生、イアン・マッカロク先生、ジュリアン・コープ先生などなどなど
こんなに列挙することに意味など無いことくらい分かっているが、つい気持ち良くてダラダラ続けてしまった
諒とせられたい
 
 
さて、その高橋先生ソロ40周年記念ということで、1978年のデビューアルバム『サラヴァ!』のボーカルのみの新録盤、『サラヴァ サラヴァ!』が出た
なるほど、何となくぎこちなかった歌声が柔らかくなっている
個人的には、オリジナルの堅い感じが好きだけど
というかむしろ、90年代以降の歌い方はあんまり好きじゃないんだ(あ~言っちゃった)
 
それにしても、これ作ったの高橋先生26歳の時だよ
今じゃちょっと考えられないな(と思うのは贔屓目だろうか)
シャンソンボサノヴァにレゲエやジャズのテイストをまぶして、でもあくまでロックのフィールドでの作品なのだ
 
まあ、当時流行っていたフュージョンってことになるけど
でも参加ミュージシャンは、年長者つったってせいぜい30歳を過ぎたくらい
音楽性、演奏技術、やっぱりこの世代(時代かな)は凄いな
 
記念ライブも行われるそうだけど、俺は残念ながら行けない
隣県にでも来てくれりゃいくけどさ
 
 

Saravah Saravah !

なんとなくトリミング失敗に見えてしまうのは俺だけか
 
 
高橋先生といえば、何といってもドラム
ハード系の重いものじゃないから、ファン以外にはそんなにアピールしなそうだけど
手数の少ないタイトなノリは名人芸と言っていいでしょう
スネアの天才にして、ハイハットの魔術師
これを神業と呼ばずして何と
俺みたいな大のYMOファンにとっては、ほとんど刷り込みに近い感じで、あのドラムが基準になってるんじゃなかろうか
 
高橋先生ソロ作品としては、1980年『音楽殺人』、1981年『ロマン神経症』、1982年『ボク大丈夫』、1983年『薔薇色の明日』が、個人的ベスト
今でもよく聴いている(そんなところが俺の成長できないところか)
そこに優劣はつけない(そんな冒涜的な事できやしない)
なにしろ俺が中学から高校の頃の作品であり、懐かしさばかりではなく、俺の血肉となっていると言っても過言ではない(青春とはそんなものだ)
 
あと、忘れがたいのが1989年の『EGO』
高橋先生は1985年以降、日本語詞による抒情的作品が多くなっていたが、ここでは一転、英語の歌詞による、かつての「洋楽感」がたっぷりと増している
「俺たちのユキヒロ(その頃は「先生」はつけていなかった)が帰って来た」
と友達と当時語り合った、隠れた名盤だ
 
ところで、敬愛するミュージシャンへの「先生」付け第一号は、他でもない、高橋幸宏先生だった
俺の親友の、奥さんとの馴れ初めは、高橋幸宏ライブで出会って意気投合したからなのだが、その結婚式に行った時、新婦の恩師のお爺ちゃんがスピーチで、
「おふたりは高橋先生の演奏会で新郎と出会われ~」
なんて言って、
「高橋先生って誰?」
と、最初は分らなくて、ちょっと間をおいてやっと気付いたという 
それ以降、気に入って使っているという訳だ
 
ところで、あのお爺ちゃん、ウケを狙ってワザとだったんじゃないだろうな、と今思った
 
(敬称略)