ぱらの通信

思い付きと思い込みの重い雑感集

大貫妙子の意外性についてのあれこれ

昨年はビーチボーイズに開眼し、その余波でシュガー・ベイブもよく聴いた

そして更にその余波で大貫妙子の’76年のソロ・デビュー盤から5枚位をまとめて集中的に聴いたものだった

いやあ、とても良かった

 

 

ところで1978年の曲に「じゃじゃ馬娘」というのがある

泥だらけになって遊ぶお転婆娘が年下のイケメンに恋心を抱くものの、その気持ちは知られたくないし、じゃじゃ馬娘だと相手にされないのならそれでいい、という内容だ

 

設定年齢は十代か、あるいはもっと幼い時期、、、って事はないか

しかし今回問題としたいのはその事ではない

 

この歌が自分の事を題材にして作ったのかどうかは分からないが、少なくとも彼女に「じゃじゃ馬」というイメージはないので、なんだか歌詞に違和感を覚えるところではある

 

しかしひょっとして、彼女は自分を「じゃじゃ馬娘」だと思っているのかもしれず、そして実際には、世間の思い描く大貫妙子像と本来の大貫妙子とには、随分と差があるのではないかと思った次第だ

それは以下に列挙した事によっている

 

 

大貫妙子は作曲をピアノでしているそうで、その事は実にイメージ通りだが、デビュー前はギターの弾き語りをしていたというのだ

大貫妙子がギター…

 

山下達郎シュガー・ベイブのメンバーとしてスカウトされ、加入した時に、小学校の頃に少し習っていただけのピアノに転向させられたらしい

これはバンドにおける女の子の役割はキーボードであるべき、という山下達郎の思い込みによるものだと、大貫妙子はあるインタビューで語っている

今もギターを手にする事はあるのだろうか

ギターを弾くという印象が全くないので、それはとても興味深い

 

 

マチュア時代はジョニ・ミッチェルキャロル・キングが好きだったようで、それはイメージにぴったりだが、’77年ともなるとやはり時代なのか、フュージョンなどを聴きまくっていたらしく、アルバム『サンシャワー』には確かにその影響を感じる事ができる

中でも「Low of Nature」は当時好きだったという(トッド・ラングレンの)ユートピアのイメージで作ったとの事で、結構「モロ」な感じがあって面白い

アルバム全曲が坂本龍一のアレンジだからフュージョン色が強いのかと思っていたが、まさか大貫妙子も聴きまくっていたとは

まあ確かにそんな時代ではあった

 

トッド・ラングレンが好きだといえば、’80年の『ロマンティーク』収録の「ディケイド・ナイト」の曲調もなんとなくラングレン的

で、トッド・ラングレン使用のギターで比較的知られているのが、元クラプトン所有だというインド風ペイントされたギブソン・SGとフェンダームスタングであろうが、大貫妙子の’86年の『カミング・スーン』のジャケットで大貫が手にしているギターがムスタングなのだ

当時、大貫がギターを手にする事が、そもそもかなり意表を突く感じで、しかもアコースティックならまだしもムスタングって、と思ったりしたものだが、実はそこにはラングレンの余波があったのかもしれない

 

 

さっきも触れた’80年の『ロマンティーク』、YMOがバックのテクノアレンジの曲があったりなど、その頃のテクノ・ニューウェーブの空気が感じられるアルバムだが、中でも「軽蔑」という曲が当時のテクノポップ的な曲調、アレンジであるばかりか、歌い方までがそれ風で、現在はもちろん、当時もかなり意外性に富んだインパクトがあっただろう

曲名も「軽蔑」だなんて、ゴダール映画のタイトルを連想させられるのも面白い

 

ROMANTIQUE

 

 

昔、’83年の頃に坂本龍一のラジオ番組「サウンドストリート」にゲストで来た際に、最近はU2が好きだって言ってたのを聞いて、かなり意外な感じがしたものだ

ただ、(U2が)ライブで大きな旗を振ったりしているのを見て、少し嫌になったとも言っていたが

 

 

レコードジャケットでも意外なものがある

1977年のシングル「サマー・コネクション」ではスケート・ボードに乗ってはしゃぐ姿だったり、’76年のソロ・ファーストアルバム『グレイ・スカイズ』での裏ジャケでは、何故かグラビア風の、これはシャワー後なのか肩まで出したセクシー路線的なものだったりと、今のイメージからはだいぶかけ離れたものがある

 

当時のレコード会社が、どんなイメージで売り出そうとしていたのかが垣間見える訳だが、当の本人も何故この写真だったのかは謎だと言っている

ただし、これはプロモーションのされ方などに関われないデビューしたての芸能人によくある事だろうから、意外性というのは少し違うだろうが、でもやっぱり…ね


Taeko Ohnuki - Summer Connection

 

 

そんな感じで結構その時代の流行を取り入れたり、また影響されたりしている訳だが、それ自体は当たり前の事で、本来どうという程でもないのだが、大貫妙子のイメージとしては何となく「大貫妙子的世界」がまずは優先しているような先入観があったので、そんな当たり前の事すらが意外なのだ

それは矢野顕子スマッシング・パンプキンズが好きだというと同じくらい意外だ

 

とりとめもなくだから何なんだという事を好き勝手に書いてきたが、終わり方がよく分からなくなったので、この辺で終わろう

所詮は個人的な思い込みと違う、というだけの事になる訳だが、先に触れた山下達郎の思い込みほどではないと思うよ、たぶん

 

(敬称略)