ぱらの通信

思い付きと思い込みの重い雑感集

たとえば二葉亭四迷『浮雲』の現代性

タイトルの大袈裟ぶりはさておくとして、先日俺の「死ぬまでに読んでおくべき本」リストに入っていた二葉亭四迷の『浮雲』を読んだ

 

明治20年(1887年)の発表なので、言葉使いがとにかく古くて、現代とはかなりかけ離れていると感じるところが多く、読むのに大変苦労したが、内容はシンプルなもので予想外に面白かった

 

役所務めの主人公が、今でいうリストラでプー太郎となり、それをきっかけに下宿先の叔母さんの態度が冷淡になり、相思相愛と思っていた叔母さんの娘の心変わりも感じられてきて、更に主人公の少しうじうじ考える性格のせいで何もかもが裏目に出てしまい、恋のライバルらしき男も現れ、さあどうする?っていうお話

 

二葉亭四迷というと、まず言われるのが「言文一致」と「ロシア文学紹介」となるが、肝心の作品内容に関しては、あまり触れられていない印象がある

確かに文学史的なところでは上の二つが最重要なんだと思うし、今となってはそれだけのものとされているのかもしれないが、しかしこの小説で扱われている事柄は、当時も今もなんら変わるところがない、という事を感じを受ける

 

この小説が諸外国の言葉に翻訳されているのかは知らないが、日本でも同様な形で言葉の古臭さが無くなってしまえば、途端に身近なものとなるだろう

 

そりゃそうで、たかだか100年ちょっと前の小説なんていうのは本来それほど古臭いものなどでは無く、欧米では普通に、また日本においても欧米作品であれば翻訳によってかなりの数が読まれているという事は改めて言うまでもない

 

もっともこの二葉亭四迷に限らず、漱石、鴎外、露伴などまでも『源氏物語』などと同列に現代語訳してしまうのはどうなのか、という気もする

できればやっぱり明治以降のものくらいは原文のまま読みたいもの

その辺に関しては今後の教育なり、出版社の方針なりに任せるよりないだろうが、読んでみると面白かった、なんていう古典というのは結構多いはずだ

 

浮雲 (新潮文庫)

新潮文庫はよく、この本を絶版にせず出し続けていると思う

ちなみにこの表紙の絵は、『孤独のグルメ』作画担当の故・谷口ジローによるもの

 

とかなんとか言いながら、俺がこの本を読んでおこうと思っていた理由はあくまで文学史的な関心だけで、面白いかどうかなんていうのは二の次であったから、思わぬ拾い物をした気持ち

 

一方、新潮文庫での桶谷秀昭の解説によれば、明治新時代であるが故の「文明意識と文化的感性とのギャップに苦しむ知識人の苦悩」が描かれているとの事だが、それに関してはよく分からなかった、と告白しておく

俺にとってそんなテーマはまるで馬の耳に念仏で、単なる青春小説として読んでしまったのだ

 

(敬称略)