ぱらの通信

思い付きと思い込みの重い雑感集

ジャズについて俺が知っている二、三の事柄を語ってしまいました〜チャールズ・ミンガスに触れて

この前チャールズ・ミンガスの5枚組を購入した

5枚組といっても¥1500程度の廉価版だが

その中に「Oh,Yeah」(’61年)というデヴィッド・ボウイ推薦のアルバムが入っていたからだ

 

ボウイは熱心なジャズ・ファンであり、最後のアルバムでもジャズを使った位だが、そんなボウイの好みに興味があったし、またチャールズ・ミンガスは以前に『直立猿人』(’56年)を聴いてそのカッコ良さを知っていたから、5枚組なんか買っちゃっても大丈夫だろうと思ったのだ

 

さてその「Oh,Yeah」、興味を引いたのはジャケットがジャズ風ではないという事

ボウイ推薦でなければちょっと手を出しにくいデザインだ

チャールズ・ミンガスはベーシストとして有名な訳だが、ここではピアノを担当しヴォーカルまでやっている

しかも見た目通りで声が太く、Blues風な感じでえらくカッコいい

 

内容は勿論いわゆるジャズなんだけど、フリージャズ的というか、かっこよく言うとアヴァンギャルドな味わいがある

更に強いて言うならR&Bやファンクっぽく感じるところもあって、ジャケット同様に非ジャズ的なエンターテイメント性もバッチリだ

だから『直立猿人』同様に長い曲も全然退屈しない

 

要するに「テーマ」がカッコいいと感じるからなんだろうが、どうカッコいいのかを口ではうまく説明できない…

 

個人的には「テーマ」次第でその曲の殆どが決まってしまうと思っている

コルトレーンの『至上の愛』も、あの「テーマ」が、あのカッコ良さだからアルバム1枚丸々すんなり聴けてしまう

結局のところ聴き方がまだロック・ポップス的なのだろうと思う

 

ところでボウイはこのアルバムのどこに惹かれたのであろうか 

正直言って分かりません…

 

 

Oh Yeah 

ボウイのSuffragette City('72)の歌詞に引用されているWham Bam Thank You Ma'amという曲が収録されている

 

 

ジャズに関してはずっと興味はあったものの、長らく敬遠していた

いや、現在でも「ジャズの門」をくぐったとは言い難く、せいぜい門の前をウロチョロしているに過ぎないという程度だ

それは苦手な要素がその中にガンとしてあるからだが、それについては後に触れる

 

初めて「ジャズってカッコいいかも」と思ったのはラジオで聴いたマイルス・デイヴィスの「マイルストーンズ」で、二十代前半の頃だが、でもその頃はラジオでジャズの雰囲気を楽しむ程度でありCDやレコードを買うまでには至らなかった

今もそれほど多いわけではないが

 

そしてようやく二十代半ば頃になって初めて買ったジャズのCDが、アート・ブレイキーの『危険な関係

同名映画のサントラでもあるこのアルバムはジャズが苦手な人でもきっと楽しめると思う

 

キッカケは坂本龍一が’91年に『ハートビート』というアルバムをリリースした際に、ある雑誌の特集で坂本推薦アルバム百選に入っていたものだったから

これはロック、クラシック、サントラなど幅広いジャンルから選ばれていて、ちなみにジャズでは他に

 

などが選ばれている 

この雑誌での坂本百選はまたいつか当ブログで取り上げたいと思う

 

 

 

さっき触れたジャズの苦手な要素とは何かというと、各メンバーが回すアドリブ・ソロだ

ロック・ポップスでソロというと主にはギターがやることになっていて、時間にしてせいぜい長くても1分のメロディアスなもので、現在ではソロとは言いながら曲の間奏の役割をはたしている場合がほとんどだろう

 

しかしジャズではそれを1曲の中で3人位は回すのが普通で、しかも音の連なりは素人にはよく分からない理論に基づいていてメロディアスとはいえないものばかりだし、リズムもやや複雑でパッと聴いてすぐに楽しめたり感動できたりするには難しいものだ

 

それがジャズの本質的な部分であり、醍醐味の一つである事は重々承知しているし、ライブではまた違った受け取り方になろうとは思うが、レコードではどうしても退屈してきてしまう

曲も長くなるし、どうにかならんものか、と思っているのは、こちらの基準がロックやポップスだからだろう

さっきの「ジャズの門」の前でウロチョロというのはそういう意味である

 

とまあ、いろいろ知ったようなことを書いてきたが、俺のジャズの知識は上記の坂本百選と2015年1月28日に62歳で亡くなった音楽評論家、中山康樹の著書によるところが大きい

というかそれのみといっても過言ではない

中山康樹の本についてもまた後日触れたいと思っている

 

 

(敬称略)

 

倒産(つぶれる)まで 12

現在、月初と16日の二分割で支払われる事になっている我が社の給料だが、社長はその16日の分の金を取引先に支払ってしまい、給料の方は遅らせる方針を取ってしまった


つまり、社員の生活より会社の存続を選んだに等しい事になる
この前、給料払わなけりゃ社員は出て行くよ、と散々念を押したが自己保身には勝てなかったみたいだ(分からないではないが)
 
社長は年金で生活ができているが、我々はそうではないという事が、どうしても理解できないのだろうか
様々な心の葛藤はあったが、会社の事は我ら社員側から仕掛けるという方向でほぼ決まった
経理担当からは、売上金から給与分は確保できるとの報告があってひと安心だが、もうこれ以上は無理だという事に変わりはない
 
 
さて、失業後の生活については求職活動中心になるだろうが、具体的にどうなるのか、どうするべきなのかが今は良く分からない
毎日毎日ハローワークに通わなければいい職にありつけないものなんだろうか…かもしれないな
 
そもそも仕事なんかそう簡単に見つかる訳もないだろうから、精神面ではかなり辛い事になるに違いない
選ばなければ仕事なんて結構ある、なんてよく聞くが、やれる事とやれない事はもちろん、やれそうな事とやれなさそうな事はしっかりと考えたうえで選ばないといけない筈で、そこが非常に難しい問題となるだろう
目標では秋までにはなんとかしたいものだと漠然と思っているが…
 

f:id:s-giraffeman:20180314072721j:plain

 
 
とかいいながら、実は少し計画している事があって、不安と同時に楽しみにしているところもあるにはある
 
最初の1ヶ月くらいはゆっくりしたいと考えているし、おそらくゴールデンウィークにも当たっている頃だろうから家族と過ごす時間が多くなる
今までのGWや盆正月などの時期は基本的に仕事だったから、そんなのは初めてなのだ
それだけでも何だか浮き足立ってくる
 
あとはダイエット
結婚後10kgほど太ってしまったので、せめて5kg位は落としたい
かつてはシュッとした男だったのだ(信じてほしい)
 
更には「死ぬまでに読んでおくべき本」の消化
なるべく長いのがいい、『モンテ・クリスト伯』とか『レ・ミゼラブル』とか『戦争と平和』とか、そういう大長編
あるいは、いよいよ『純粋理性批判』に取り組むのもいいのかもしれない
 
 
無理してお気楽を気取るつもりはなく、それどころか多分その時になると、やたらナーヴァスになっていると思うのだが、その時はその時だ
いつかは通らなければいけなかった道と思って、ここは改めて覚悟を決めなければならず、そしてできる限り有意義な失業生活を送りたいと思っている
 
そういえば、一昨年あたりまでは朝のウォーキング(散歩)の時に、途中の神社に寄って会社の存続を殊勝にも願ったものだが、終わりが見えた昨年からは神頼みすらしなくなったというか、忘れていた
失業中は再就職と家内安全祈願の為の神社巡りもいいのかな、と今思いついた
巡りといっても近所のね
 
 
3月というのは我が業界の小売店としては結構な書き入れ時となっているのだが、残念ながら現在は商品が少なく、正直な客には「物少ないね」なんて言われる始末で、その時ほど惨めな気持ちになる事はない
年末年始も少なかったが、今はその時よりももっと少なくなってしまっている
 
在庫がなければ注文となる訳で、何日かお待ち頂く事になるが、たいていは諦めて帰ってしまう
実は注文一つ取るのも現金取引のため大変で、更には何故か在庫確認すらままならない取引先すらある状態になっているのだ
かつてはうなるくらいに商品のある店だったのに、どうしたんだろうなと思われているだろう
勘のいい人なら、従業員も減ってるし、もうすぐお終いだなと気付いてもいるだろう
 
それでもここまで持ち堪えているのは、前にも書いた通り取引先各社の協力があるからだが、なにより地域の老舗である我が社を支持してくださる方がまだまだ多いから、という事も大きく、だからこそ取引先の協力が得られている訳なのだ
 
そんな方々を裏切る事になるのは本当に心苦しいのだが、どうかご勘弁願いたいと思う
出来るだけ迷惑の掛からないよう最大限の努力をして、我々は消えて行くつもりだ
 
 

倒産(つぶれる)まで 11

悪党列伝5

 

 

一族の人間たち

 

会長が死んでもう5年以上になる

何歳だったのだろう、90歳近かった筈だ

嫁にも息子にも先立たれ、孫には会社を潰され、娘たちは地元を離れ東京に行ってしまったそうで、孤独死だったのかどうなのかは知らないが、あまり幸せな晩年ではなかったように思う 

 

俺としては、会社をこんな状態にしてしまったのは孫のせいだとはいえ、苦しむ社員に対して何の謝罪もなく、もちろん金銭的な援助もないまま、それでいて娘たちには決して少なくはない遺産を相続させてやるという、そんな人間に同情も何もありはしない

 

 

現在この一族の連中は、会社の経営にはノータッチであるが、それでも社の株を今でも何%かは持っているそうで、何年か前までは会社が弁済金を払い終えたら、またあいつら一族の連中がしゃしゃり出てくるんじゃないかと社員みんな思っていたが、今となってはとんだお笑い草だ

払い終えるどころか、借金は膨れ上がってもう限界だよ

 

呆れてしまったのは、10年間の弁済金を支払い終えたと思ったのか、会長の娘が自分の持っている株を買い取ってくれと現在の社長に電話をしてきたらしい事

二束三文の株だとはいえ、ちゃっかりしたものだ

いずれそんな金などないので断ったようだが、あの一族の奴らは一体どこまで面の皮が厚いのか 

 

こんなのが地方の旧態然とした中小企業の実態であり、社員の事など今でも昔ながらの丁稚奉公だと思っているフシがある

いつまでたっても所詮は成金の野蛮人である

 

 

 

f:id:s-giraffeman:20180308065303j:plain

 

 

 

会社の状況は悪化の一途をたどっている

最早カウントダウンの状態である

社長はどうやら何もする気はなさそうだし、社員側から極秘裏に会社をつぶす事を考えなければ無さそうな気配で、実際そんな相談も一部でしたところだ

 

このままでは、ただ社長の自己保身に付き合ってのタダ働きになりかねない

それならば、社長はじめ役員に後は任せて俺たち社員はいち早く次の行動に移るのが得策というものだ

 

役員は現在、社長の他は自宅療養の「子分」と、あともう一人だけになってしまったが、その人(Sさん)は半分は社員みたいなもので、しかも当社にとっては黄金期を築いた功労者の一人でもある

 



我々社員で会社をつぶしてしまおうとなると、実は俺自身Sさんに色々とお世話になった想いがあるから、そんな裏切り行為に対しては精神的な苦痛を感じる

 

Sさんに対する批判はいろいろあるようだし、俺もないわけではないのだが、それとこれとは別である

甘いといわれてしまえばそれまでで、役員としての役割を果たしてもらわなければならないのは当然な事ではあるのだが、しかしそんな大先輩に対して今後顔向けできなくなる様な事は、できればしないで済ませられたらと願わずにはいられない 

 

 

  

 

最後に逆恨み混じりに一つ

前にも書いたC社の本部長が先日来社した時のこと 

以前来た時は紳士的で物腰の柔らかな印象だったが、もうほとんど闇金の取り立て屋みたいな態度だったそうだ

業界ではかなりの大手なんだけどね…

それだけ腹を立てているって事なんだろうけども

社長に対してだけならともかく、一般社員にまでそんな態度だったらしい

やっぱり所詮そんな会社なんだな

 

 

 

子どもの進学に頭を悩ます

我が家の愚息は現在中学二年生、親にしてみると早いもので来年は高校受験だ

そしてお恥ずかしい話だが、息子はアホである

日常生活レベルでも、「て・に・を・は」がなっていない

いや、文法的にどうこう言いたいのではない(俺だってよく知らない)、会話をしていて「おい、それを言うなら~だろ」みたいな時がよくあり、小学五年生の妹にまで指摘されている始末だ

 

愚かな親からすれば、いくら息子の顔に明らかな「アホの相」が出ていようと、それはそれで我が子らしらとして可愛いのだが、いつまでもそういう訳にはいかない

少しは将来の事を自分で考えてほしいとは思うが、さっぱり見当がついていないらしく、たまに訊いてみても首をかしげてばかりいて要領を得ない

まあ俺自身もそうだったのだが

アホだの、勉強ができないだのは、きちんとした環境を整えてやらなかった親が悪いのだが…

息子よ、すまない

 

 

とはいえ、諦めるにはまだ早すぎる

何も東京大学に入れて将来は官僚か一流企業に、などの話ではないからだ

親の希望とすれば、家から近い公立の高校に入学できたら十分なのであって、それは決して高望みではないはずだ

 

 

一番近いところにある高校はといえば、県下一の進学校と県下一授業料の高い私立高校となっていて笑ってしまうが

 

 

f:id:s-giraffeman:20180217071520j:plain

 

塾に通わせる経済的余裕もないが、是が非でも偏差値の高い進学校に、などと親子共に希望してはいないので通わせる意味もないと思っている

それに俺は二流高校出身者なので、中学の勉強くらいなら大体教えられるからそれでいいと考えているのだ(ただし理科は除くけどね)

もっとも中学生になる子供の勉強を親が教えるというのは想像していた以上に困難だが…

 

 

 

 

あまり偏差値などに惑わされて、俺みたいに中途半端な進学校なんかに行き、大したプランもなく大学の事なんか考えて、挙句に途中で躓いたりすると(躓きやすい奴が多い気がする)、予想以上に自分の無能さを思い知らされて絶望的な気持ちになってしまう

そんな事になるくらいなら大学進学など考えず、たとえば実業高校などで将来就くであろう仕事の為の知識を身に付けるというのも良いと思う(調べてみると実業高校もレベルが高い…)

 

そもそも大学なんかにやる経済力が俺にはないけどね

息子よ本当にごめんな

 

 

そんな中、息子の担任が今2~3週間休んでいるという

どうやら以前からちょこちょこあったらしいのだが、学校からの明確な説明は無かった

ようやく先日、ざっくりといえば病気だ、という事の話があった

受け持ちの授業はずっと代わりの教師がやるでもなく自習だったそうだが、ようやく担当する教師が決まったらしい

代わりのいる職場は対応も暢気でいいね〜なんてこれは冗談

 

 

息子には少なくとも俺と同じ目には合ってほしくはない、きちんと将来の事を考えて高校の選択をして一生懸命に取り組んでほしいと思っている

 

しかし蛙の子は蛙

息子よ本当に申し訳ない

幸せは自分で勝ち取ってくれ

お父さんはお父さんで頑張っているぞ

 

 

 

中西俊夫の命日に因んで

2月25日は、昨年食道癌で亡くなった元プラスチックスのヴォーカル・ギターにしてイラストレーターでもある中西俊夫(Toshi)の命日だった
享年61歳
闘病生活がSNSで公表され、治療のためのチャリティ・シングルの発売などもあったようだが、それを知ったのは残念ながら亡くなってからだったので、俺にとっては突然の訃報だった
 
 
初めてプラスチックスを知ったのは1980年、NHK『600こちら情報部』という番組でテクノポップ特集をした時
これは現在YouTubeでも観ることができる(何といい時代になったことか)
ゲストにプラスチックスの他にP-MODELヒカシューを迎え、何とスタジオで生演奏するという、今から思うと驚きの番組企画だった
 
とび抜けておしゃれで、ドラムとベースがいない編成という脱ロック感が溢れていたので、田舎の中学生だった俺に最も「東京」を感じさせる人たちだった
 
その後同じくNHKの『レッツ・ゴー・ヤング』という歌番組でも2回くらい観たし、番組名は忘れたが加藤和彦が司会の歌番組でも観て、それはカセットに録音した
 
余談だが、その番組の同じ回で加藤和彦高中正義サディスティック・ミカ・バンドの「サイクリング・ブギ」を演奏していて、それが俺が聴いた初めてのミカ・バンド曲だ
アシスタントは竹内まりやじゃなかったかな
 
プラスチックスは’81年の解散まで2枚のアルバムと1枚の新録ベスト・アルバムをリリースしており、解散後も’80年のライブ盤、ライブDVDの他、レコードデビュー前後のライブCD+DVD+BOOKや中西俊夫自伝『プラスチックスの上昇と下降、そしてメロンの理力』とその付録のデビュー前のライブCDなど、なかなか充実している
 
上記の自伝では、広尾に生まれ育った東京人の、田舎者にはほとんど理解不能スノビズム全開で、枯れることを知らない永遠の生意気な青年って感じがした
 
ドラッグでラリったままTVに出た話とか、細野晴臣にベースを頼んだ際にトーキング・ヘッズのティナみたいに弾いてほしいと言ったら「じゃあティナに頼めば」と言われたとか、テレビ出演の際によく見かけたスティック・ギターは同じ事務所だった宇崎竜童からの借り物だったとか、様々な交友録も含めてどうでもいいけど興味深い、そんなエピソードが満載である
 
付録の初期のライブ音源も面白い
ドラムもベースもいて何だか重い音をしているし、アレンジもレコードではシンセサイザーでやっているパートがベースになっていたり、そしてルー・リード「I can’t stand it」のカヴァ ーも最高だ
 
f:id:s-giraffeman:20180203000708j:plain
 
プラスチックス解散後はMELON、WATER MELON、ソロ作品(カセット!)があり、その後はヒップ・ホップ・ユニットなどなど、亡くなる直前まで様々な名義、形態で活動は続いていた
 
 
死の約半年前に行われた桑原茂一によるインタビューでは、同じ癌罹患者として坂本龍一から沢山の情報をメールを貰っているとか、自殺した加藤和彦の話だとかを話していて興味は尽きないが、亡くなった後に読んだせいか、中西俊夫の中の絶望感や生きる事への意欲や意思、戦略などが絡み合っていて、何だか辛くなってくる
 
またこのインタビューでは、「世間の認知度が低いことへの憤り」を口にしている
昔のアルバムの再発や、未発表のライブ音源が何種類かリリースされるなどというのは、相当数の固定客が見込まれているということだから、随分と恵まれている方だとは思うが、いつまでも昔の事ばかりというのはやはり不満だったのだろう
 
俺自身はプラスチックスとメロンは今でも聴く機会が多いものの、その後の活動をずっと追い続けて来た訳ではないので、今更とはいえ少し後悔に似た気持ちになる
今後、フォローできていない時期の作品も聴きたいと思っている
 
でもやっぱり、中西が死ぬ間際までボウイやビートルズを聴き続けていた様に、俺も多分ずっとプラスチックスやメロンを聴き続けると思うし、俺だけじゃなくそんな人は大勢いると思う
ミュージシャン中西俊夫は幸せ者だ
 
(敬称略)
 

内田樹とアルベール・カミュ

カミュの代表作『異邦人』はここ何十年間ずっとベストセラー状態だそうで、今更誰かに持ち上げられなくとも、当分はこれからも新しい読者を増やして行くだろう
 
この『異邦人』を読んで、世界の不条理を想い、また自分を異邦人と感じて、それがどの程度リアルなものなのかは別としても、ある種の中高生には堪らない読後感を残す傑作である
 
しかし、そんなところがかえってカミュというのは青春文学みたいなもので、大人が読むものではないような気がしていた(不遜にも)
 
しかし内田樹『昭和のエートス』所収「アルジェリアの影」というカミュに関しての章があるから読んでみてほしい
それはまさに「カミュ復権宣言」であり、俺みたいな半可通などは読後すぐに不遜な考えを反省、改心してしまった
 
そこには、サルトルとの有名な論争を軸に、パリ占領下の伝説的レジスタンス闘士として「自著の哲学史的重要性を彼自身の行動を通して実証してみせた」カミュの当時の立ち位置、影響力、信念などが劇的な筆致で書かれている
 
いや本当に漫画みたいな劇的さで、これはカミュ人間性やその時代に担う事になった役割もさることながら、内田樹の筆力によるところが大きいであろう
情緒が安定していない時などは泣いてしまうかもしれない
 
あとがきには『異邦人』の新訳も計画しているとあるので、そちらにも期待している
 

昭和のエートス (文春文庫)

 

 

内田樹を初めて読んだのは十年くらい前、『子どもは判ってくれない』からで、その後もちょこちょこ読んでいたが、最近はとんとご無沙汰である

 

以前だったら、まあまあそう怒らずに、みたいなスタイルだったと思うが、ここ数年は世の中の出来事に対して苛立ちが隠せない様で、その「正義」や「正論」に何だかカルトみたいな息苦しさを感じてきたからだ

なんて、「それはあなたが馬鹿だからです」って言われてお終いかな

 

個人的には文芸評論的なものをもっと読みたいが、ここ数年はそんな暢気な仕事など後回しになっているのかもしれない

早く内田樹が苛立たなくてもいいような日本になって、また楽しい文章を書いてくれることを心から願っている

 

 

 

さて、今回ようやく『異邦人』を三十何年振りかで再読し、続けて『カリギュラ』と『転落』も読んだ

実は『異邦人』を再読した事で、主人公の母親への「理解」などの忘れていた部分を確認し、かつての少しひねくれた読み方を修正できたのは良かったと思う 

あとはサルトルとの論争から訣別に至った、問題の『反抗的人間』を読むべきところかもしれないが、序文を読んだだけで面倒くさそうだなと読むのを断念した事を告白しておく

 

 

 

ところで、この前の1月24日にイギリスのバンド The Fall の中心人物でヴォーカルのマーク・E・スミスが亡くなったとの事だ

享年61歳

ずっと闘病を続けていたようである

 

俺は1980年の『Grotesque』と『458489 A Sides』という’84年から’89年までのシングルA面集しか持ってないし聴いたことがないのでファンとすら言えないが、それでも’80年代のニューウエーブ・バンドの代表であり、本国やアメリカでは熱心なファンが多いいう事は知っていた

 

Grotesque

 

そしてこの度の訃報で初めて知った事だが、バンド名の由来がカミュの『転落』だったそうだ

それが『転落』を読んでみるきっかけだった

この娯楽性の薄い、独り芝居の脚本みたいな、フランス版『人間失格』にどんな感銘を受けての命名だったのか…

聴き続けてきた訳でもなければ、歌詞すら聞き取れない俺には何も分かる筈もなく、小説の感じから想像するよりほかない

 

心から冥福を祈る

 

 

(敬称略)

忘れえぬ人々

K君とは全く友だち付き合いはなかったし、たぶん言葉を交わした事もなかった筈だ

高校2年の時に同じクラスになっただけの関係で、家がどこなのかも知らない

背が小さくて、メガネをかけた、目立たない、無口でとても真面目な生徒であり、そしてクリスチャンだった 

 

それは家庭がそうだったからなのか、個人的なものだったのか

クリスチャンだと分ったのは「倫理・社会」の授業の時だったと思う

教師がクラス全員に尊敬する人物を尋ねた際に、順番がまわって来たK君が「イエス様です」と答えたからだ

 

それを聞いた時は驚いた

キリスト教などという「宗教」を信仰する人を見た事がなかったからで、しかもイエスを「様」付け

そんな事は人前で、しかもこんな場面で告白するべきものではないと、何となく思っていたからだと思う

 

 

現在でも「カミングアウト」というものに対しては、やや否定的な考えを持っている

どうしても必要な場合以外は、当人の自意識の問題だけだろうからだ

 

K君の場合も特に告白する必要があった訳ではなかった筈で、結局は彼の自意識の問題だったと今でも思っている

ただ当人にしてみればクリスチャンである以上、やはりそこはイエス=キリストと答えなければという、やむにやまれぬ事情があったのかもしれないし、また単に嘘を言う必要を感じなかったのかもしれない

 

いや、たぶんK君はクラスメイトにどう思われるかなどを気にするような人間ではなかったに違い無く、信仰の篤さを隠す事などは考えてもいなかったのだろう

 

 

ところで俺がその時どう答えたのかは全く記憶にない

受け狙いで「ヒトラー」なんて、面白くもなんともない恥ずかしい事を言わなかったのは確かだが…

 

 

 

 

さて、ある日の世界史の授業での事、古代ローマのところでのイエスの復活に触れて教師が、史実としては信じられないけれども、と言った時だ

「先生」

とK君が言葉を発して少し沈黙

まさかと思ったら、やはり

「先生、そんなことを言ってはいけません」

普段はほとんどしゃべらないK君が、そう大きくもない声で教師をたしなめると、あとはまた沈黙

 

その教師はまだ若くて、20代後半から30代前半だったと思う

K君の発言に対して少し驚いて、それから彼がクリスチャンなのを知っていたのか知らなかったのかは不明だが

「そうだな…申し訳なかった…」

と戸惑いがらも謝罪をして、少し気まずそうに授業を再開

それで終わり

 

 

 

f:id:s-giraffeman:20180217071236j:plain

 

 

 

卒業後K君は進学したものやら、就職したものやら

今はどうしているのだろうか

結婚はしただろうか

いまでも信仰はあるのだろうか

当時は無垢そのもののような感じだったが、今もそうなんだろうか

まさか革命家かなんかになっていやしないだろうな 

 

K君は同窓会なんかに出ているのかな

俺がそもそも出ていないから、さっぱり分からない

俺こそ忘れられている状態なんだけど

 

 

 

ところで、その教師はその事があってからしばらくして学校を辞めてしまった

理由は判らない

辞めたのはK君の事が原因ではなかったと思うが、どうしてだったのだろう

 

生徒とのそんな程度のイザコザなど、今ではさほど大した事ではないと思えるが、先生はあの時どう感じたのか

もう忘れてしまっただろうか