ぱらの通信

思い付きと思い込みの重い雑感集

いかにして精神的危機を回避するのか

若い頃、心が弱くて情緒不安定だったので、些細な事でも精神的な負担に感じて、随分と無駄な苦労をした

 

そして夢や希望もあった一方で、上手くいかなければ自殺すればいい、と考えていた

結果、全然上手くいってないが、どっこいこうして生きている

 

その頃はかなりナーヴァスな精神状態だったが、どうも「苦悩」を抱え続けることができない性分なのか、自殺などを考えはしても、実行するにはあまりにハードルが高すぎたし、そもそも今考えると、それは小さな自尊心の問題で、死ぬほどのことではなかった

 

 

数えてみたら、俺の身近で自殺した人は7人もいて、更に未遂は2人いる(ひょっとして未遂はもっといるかもしれない)

直接関わりがあったのは1人だけだが

 

今、波紋を広げている、ご当地アイドルの自殺はとても痛々しいものだが、真相はどうあれ、命と引き換えにしなければいけない程の事ではなかったと思うと、余計に可哀想な感じがする

 

 

たが、自殺というのは結局そういうものなのかもしれない、とも思う

この世に命と引き換えにしなければいけない事はそんなに無い、などとは言っても所詮それは第三者の意見だ

そして親兄弟には相談しにくいもので、思春期は特にそうだろう

それで思いつめた挙句、正常な思考ができなくなり、八方塞がりのように感じてしまうのではないのかな

 

 

f:id:s-giraffeman:20181017221632j:plain

 

実はついこの間、知人のお姉さんが自殺を図ってしまった

幸い未遂に終わり、今はその筋の病院に入院して、だいぶ落ち着いたようだ

長らく鬱病を患っていたらしいが、二十代の息子が二人いて、まだまだ死ねない筈だとは思うのだが、突発的にやってしまったらしく、遺書も無かったとのこと

 

 

年配者の鬱による自殺に比べれば、10代20代の場合は、第三者の適切なアドバイスなり説得なりで、多くは防ぐことができるような気はする

 

以前話題になったテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のタイトルはハンガリーの諺だそうだが、その言葉のように、逃げることは必ずしも恥ではないし、もっと突っ込んで、

 

匈奴は、戦いにおいて有利とあれば進撃し、不利となれば退却する

逃げることを恥とは思わないのだ

 

という『史記』の中にある言葉*1も非常に参考となると思う

しかもここには漢民族の夷狄に対する侮蔑も含まれている筈で、それが一種の虚栄心であることも考え合わせると(司馬遷の意図を離れて)、また別の教訓があると感じる

 

 

家に思春期の子どもがふたりいるので、些細な事をきっかけに心に闇を抱えてしまって、その状態から抜け出せなくなったりしないだろうか、と自分の経験から何となく心配をしている

しかし上述のように、親のできることはかなり限定的ではないのか、と俺はやや悲観的だ

さてどうしようか

ちなみに現在はふたりともそんな気配など微塵も見えないので、どうやら取越し苦労のようだが

 

 

ところで、ハンガリーのルーツには遊牧民族が深く関係しているそうだが、例の諺にもそのことが何か影響しているのだろうか

*1:匈奴列伝より

倒産(つぶれる)まで 24

現在、月に休みは 6回、勤務地A市は月8日、残り17日は勤務地B市へ行っている

A市までは車で1時間半、B市までは1時間かかる

 

休日の運転では滅多に感じないが、出勤時の運転ではやけにストレスを感じて、イライラしてしまう

時間に余裕が無いからだろうかと思って、少し早めに出ても変わらない

出勤がそもそも嫌なのだ

 

 

一番イライラさせられるのは、法定速度キッチリで走っている車が前にいるとき

みんな70キロ80キロで走っているような大きな道路でも、その車の後ろは50キロの団子状態で車が走ることになる

そんな遅い車は、運送会社のトラックに多いわけだが、他で結構目立つのは、某社の「P」という車だ

あれ年配者が多いんだよな

だから、遅くてもそうでなくても「P」を前に見かけると、何だかガッカリする

 

で、遅い車で更に腹立つのは、ノロノロ運転で後ろを詰まらせてるくせに、信号は赤でも無視して突っ切って行くんだよな

後ろにいる俺はますますイライラする

そして信号が青に変わってしばらく行くと、またそいつの後ろの団子に加わることになる

 

遅い車は他にも、スマホいじりで遅いってのもいるね

結構見かけるよ

田舎道だからできるってところもあるけど

若い人に多いよ、やっぱり、女の子とかね

 

あと、車間距離に強いコダワリのある奴とか

あいつら一体何なんだ

おい、ここは高速道路か、ってくらい離れてないとダメみたいなんだよな

そして、よく分からないポイントでブレーキを踏んでるんだけど、どうもそれはそいつの中の車間距離より近くなったからみたいなんだ

 

ついでに、腹立つわけじゃないけど、たまにいるのが、お前の車そんなに内輪差に気を付けなくちゃならないないの、ってくらい反対方向に一旦ハンドル回してから曲がる奴な

しかも軽自動車に多い感じがするけど、おばちゃんとかなのかな

 

f:id:s-giraffeman:20181015065637j:plain

 

 

たぶん、本来なら行く必要の無い所に、人手不足のため、「行かざるを得ない」のだ、という考えが出勤のストレスを更に大きくしているのだろう(人格の問題ばかりでないことを祈る)

 

帰りは、車の数が少ないし、帰宅だということもあるしで、イライラはほとんど感じないが、国道とはいえ田舎の夜8時過ぎというのは真夜中みたいで、今度は気持ちが沈む

これも「行かざるを得ない」ことから来る虚無感かもしれない

 

車の運転は、とにかく気持ちに余裕がないといけないので、イライラしてる時などは自分に、何イライラしてんだ、と言い聞かせるようにはしている

忘れてならないのは、あのドライバーたちは安全運転をしているだけだ、ということ

 

でも、あまりにヒドい奴がいて、クラクションを鳴らしてしまったことがある

俺、普段はそんなキャラじゃないから、我ながら少し恥ずかしくなった、さすがに

 

 

よく来るお客さんで、元ヤンの今でも十分にコワモテの人を、出勤途中に見かけたことがあって、その人は大きなワンボックスに乗ってたんだけど、意外なくらいに安全運転で驚いた

適度な速度と車間距離

俺も見習わないと

 

 

西本聖の読売巨人軍高橋由伸監督辞任に対するコメントに触れて

読売ジャイアンツ高橋由伸監督が、成績不振を理由に、今期限りで辞任するという

後任はなんと、またまた原辰徳

なんだそれ

 

何だか無理やり監督にさせられた挙句、成績不振で辞任というのは、なんか可哀想な気もするが、これが勝負の世界というものなのだろう

いやそれ以上に、これが読売巨人軍というものなのだろう

 

元中日監督の落合博光は、またやるでしょう、と温かいコメントを寄せていたが、俺はもう巨人には関わる気が無いんじゃないかという気がした

いや、巨人である必要は全くないので、俺もいつか彼が戻ってくることを期待したい

 

そんな中、元巨人軍の西本聖(たかし)が、『日刊スポーツ』のコラム「熱闘野球論」で読売批判的な事を語っている(インタビュー)

 

残念のひと言ですね

まだ現役をやりたいという中で引退して大変な仕事を引き受けた

そういったいきさつを考えればもう少し時間が必要だったし、あと1、2年はやってほしかった

これはフロント、コーチ陣も含め全員の責任でもある

彼のやりたい野球をフロントがどこまで理解していたのか

球団として失敗

彼にすべての責任を取らせるのはどうかなと思う

 

元巨人軍選手としては 、かなり踏込んだ発言ではないのか、と思うんだけど、どうなんだろ

あんまり裏事情には詳しくないからよく分からないけど

 

 

f:id:s-giraffeman:20181013235302j:plain

 

西本といえば、’80年代前半に江川と共に巨人を支えた看板投手であった(更にもうひとり定岡がいて、三本柱といわれていた)

西本は年齢が江川のひとつ下だが、高校卒業してすぐに入団しているので(ドラフト外)、江川よりもだいぶ先輩である

 

江川があの悪名高い「空白の一日」で入団が決まったときには反感を持ち、その時のインタビューか何かで、呼び捨てにします、と語ったらしい

天才の江川と努力の西本という事で何かと比較され、特に西本は江川に対しては強いライバル心を持っていただろう

 

入団7年目の’80年から5年連続2桁勝利を上げていて、’81年には沢村賞を受賞した

しかし、その年は江川が20勝して投手五冠を獲得した年なので、世間的には随分と肩身の狭い思いをしたのではないだろうか

 

と、こんな書き方をしてくると、アンチ江川の悪役みたいだが、二人はだいぶ早い段階で、素直にお互いを認め合っている(ああ良かった)

江川も最初ライバル心など無かったと思うが、西本が負けてチームが勝つというのが理想だった、後に語っている

 

f:id:s-giraffeman:20181013235355j:plain

f:id:s-giraffeman:20181013235535j:plain

 

江川引退後も、移籍先の中日で見事20勝を上げ最多勝利投手になるなどの活躍を見せ、’93年引退までの20年間で、江川より30勝多い通算165勝を上げた

 

 

 

で、その西本のインタビューの続き

次期監督の予想は、という質問に(原辰徳に決まる前のものなので)、以下のように答えている

 

個人的には江川(卓)監督を見てみたい

入団の経緯から悪役になってしまった

その道をつくったのは読売(巨人)なので監督をさせてもいいのではないかと思う

私も江川さんも巨人戦のテレビ視聴率が20%超という良い時代にプロ野球をやらせてもらった

巨人ファンとしても江川監督を見たいという方も多いのではないか

アンチの方もいるとは思うが興味は沸いてくると思う

 

(江川監督なら、西本さんは投手コーチに?の問いに対して)

 

いやいや、解説者でいいです

私が一番言えると思うので(笑)

でも見てみたい

 

  

昔のこと思うと何だか嬉しくなるコメントだ

で、やっぱり西本は現在、読売にあまりいい感情は持っていないのかな

それはともかく、数年前にナベツネが、江川を監督にするなんて絶対に無い、と断言していたので、まあ無いでしょう、残念ながら

 

f:id:s-giraffeman:20181013235432j:plain

 

 

 

何かと話題の今年の高校球児たちのドラフトだが、誰も読売には行ってほしくないと思っている

あそこは、外人選手とFA選手でやってりゃいいんだよ

 

なんて、冗談ですよ…坂本とか菅野とか活躍してるよね、知ってるよ…いやホントに…

 

(敬称略)

LGBT問題なのか、何なのか  『新潮45』休刊に寄せて

雑誌『新潮45』が休刊するという

自民党・杉田議員の、LGBTカップルには生産性が無い、などの文言が大いに波紋を呼んだ末「炎上」した寄稿文への批判に対する特集記事が更なる「大炎上」したから、というのがその理由といっていいだろう*1

 

いやぁ、新潮社も攻めるなぁ、なんて思ってたら、こんな事になっちゃって

何やってんの、って感じだね、やっぱり

しかも今度は、文芸誌『新潮』が『新潮45』を批判って、同じ会社じゃないのか

 

今更ながら、野次馬根性で『45』を立ち読みしようと、近所の本屋へ行ったんだけど、時すでに遅し、もう店頭には置いていなかった

随分と奇妙な寄稿文があったらしいから、読んでおこうかと思ったのだったが

まだ残っている書店もあるのだろうか

いや、別にこれ以上探すつもりはないけど

 

休刊に対して、俺は特に想うところは無い

逃げたようにしか見えないが、特に大した事でもないような気もする

雑誌ひとつでどうにかなる問題でもなかった

 

ただやっぱり思うのは結局、今回のLGBT問題は、「生産性」だの「嗜好じゃなくて指向」だのと、言葉遊びに終始しただけような気がするということ(いや、『新潮45』読んでないから、ネットで見た意見に対してになるけども)

 

ホントなら、LGBTに対する支援が現在どうなっていて、今後どうすべきなのか、識者の批判なり意見なりを読みたかったが

そこが一番分からないところだから

 

でも、杉田議員や『新潮45』休刊に関する批判や意見を見ても、そこに関するものは見当たらない

あるのは文化人なんかの、毒にも薬にもならない「お説教」

そんなのも、もちろん大事だけどさ、どうせ書くならプロらしく、もっと気のきいたこと書いてよ、と思う

 

唯一、ロバート・キャンベルの意見が、個人的にはしっくりと来て、かつ教えられるところがあった

積極的に排除はしないが「触れてほしくない」が日本の常識で「美風」であるなら、改めるべき時期に来ていると私は信じます

アンケートにLGBTが「周囲にいない」と答える日本人が多いのは、存在しない、ということではなく、安心して「いるよ」と言えない社会の仕組みに原因があります。ふつうに、「ここにいる」ことが言える社会になってほしいです

とのこと

なるほど、それは考えなかった(欧米人の、上からの意見だ、なんて批判もあるようだが)

 

 

 

f:id:s-giraffeman:20181007085804j:plain

 

 

でもすっかり忘れていたけど、元々は朝日新聞への批判企画だったんだよな

そこへ自民党議員があんな事を書くもんだから、いわゆる「朝日岩波知識人」も黙っちゃいない

飛んで火に入る夏の虫、といったところか

 

でも出てくる批判があれじゃ、LGBT差別なんてどうだってよかったんじゃないか、とすら思ってしまう(ゲームだね)

一方、勝手に休刊しただけなのに、言論の弾圧だ封殺だ、なんて言ってる人もいるようで、それもまた何故そんな考え方になるのかが不明

結局、LGBT問題なんかそっちのけの盛り上がりになってしまっている(と見えた)

 

 

日本にはLGBT の人は1割弱いるそうだけど、意外に多いんだな

さしあたりは、差別を無くしていくのが目標なんだとは思うけども、簡単なことではない

これでも俺自身、ジャン・ジュネの『泥棒日記』には、大いに感銘を受けた口だが、差別していない、とは言い切れない(ジュネと一緒にされちゃ迷惑か)

また、「寄り添う」とかいっても、身内にでもいない限り、ちょっと難しいんじゃないかな

 

ジュネは自らの性と悪を、言葉の限りを尽くして輝かせることで、自分たちの存在を「差別」化した

だから俺は若い頃、性的マイノリティの人たちというのは、そんな超人的な存在だという「偏見」を持っていた

そんな訳ないよな、と気付いたのは比較的最近のことだ

 

 

結局、そんな訳で、差別が無くなるまでには、まだまだ時間がかかるだろうけど、10年20年後には随分と様変わりしてるんじゃないかな

だから、差別的だなんだと言葉尻を捕らえることばかりに集中しないで、もっと実際面を議論してほしいと思うが、これも「差別」が根底にある考え方になるのかな(R・キャンベルの意見も虚しく)

 

 

(敬称略) 

*1:更に「南京事件」は無かった、なんて言っちゃったみたいで どこまでも過激な女史だね この発言もどうなるんだろ そういうことはあまり考えないんだろうか

倒産(つぶれる)まで 23

いろいろあったようで、結局いつも通りだった9月が終わり、どうにか10月に突入できました

ありがた迷惑な気持ちにすらなっていますが

 

9月いっぱいで退社するといった社員は、11月末までいてくれることになりました

よって店舗閉店も11月まで延びるという事になった訳です

でも、大家側には3月までの契約としたので、12月以降はどうなるのやら

 

で、毎度毎度の給料問題ですが、すったもんだの挙句、結果的には9月中にめでたく振り込みとなりました

ホント、いっそのこと入らなければ、なんてことも考えましたが、それはそれで我が家のピンチにつながりますので、まずはよかったと思ってます

 

 

f:id:s-giraffeman:20181007085001j:plain

 

 

俺が勤務する会社の店舗はもう、どうしたの、ってくらいに商品がない

仕入するにも前金でないと商品を送ってもらえない

先日、けっこう高額の注文が急ぎで入って、社長に報告すると、金が用意できないというので、じゃあ断るんですか、と言ったら、そうしてくれ、という返事

そんなことで、どうやって利益を得ようというのか

 

社長に、注文を受けても仕入れない、社員に給料も払わない(その後払ったけどさ)、店の商品はスッカスカ、こんな状態でまだ会社を存続させようとするのは社長のためみたいなものじゃないですか、と言ったら、自分も一生懸命やっているのに、そうですか、あなたの考えはよぉく分かりました、みたいに切れやがった

ジジイ、いったいあいつはバカなのかワルなのか

 

さすがの俺も、11月末の店舗閉店に合わせて退社しようかなと、悩み始めていて、どうすべきなのか決めかねている

 

もうこれ以上、商品のほとんど無い店舗に立つのも嫌だし、毎日毎日1時間だの1時間半だのかけて通勤するのも苦痛になってきた

 

遅れていようと、その月内に給料が入っているうちは辞めないつもりだったのに

そして10月もとりあえず遅れながらも入るとのこと

う~ん、やっぱり辞めない方がいいかな

 

 

現状報告っていうのもマンネリ化してしまったので、また別なことを書いてみようかと検討中

と、そんな訳で、何もかも優柔不断なまま、今回はこの辺で

 

マーク・ボランの誕生日に因んで Marc Bolan

昨日9月30日は、1977年に交通事故で死んだマーク・ボラン(=T.REX)の誕生日だったそうだ(享年29歳)

ついさっき知った

命日が9月16日だというのも、同様にさっき知ったことだ

 

以前から「僕は30歳まで生きられないだろう」と言っていて、実際に30歳の誕生日の2週間前に死んでしまったというのはファンの間でよく知られていることだが、それが9月16日だったのか…

今後9月16日は、マーク・ボランの命日と安室ちゃんの引退の日で記憶しておこう

 

 

T.REX、一番最初はバウハウスの「Telegram Sam」*1のカヴァー*2で聴いて、そりゃもう痺れたんだけど、その後「Get it on」*3をラジオで聴き、バウハウスと全然違うのにまず驚いた

 

それは80年代の最初の頃のことだが、当時T.REXみたいな音楽は耳にすることがなかったから、とても新鮮で、とりわけ声に妖しい魅力を感じた

同じグラムロックとはいえ、ボウイとはまた違う、何というかインチキ臭さっていうか(あ、もちろんいい意味ね、だって俺ファンだからさ)、そんなのが伝わってきた

 

ちょうど俺が高校3年生の時にT.REXの全アルバムの日本盤が再発となり、より身近な存在にもなって、一番最初に買ったアルバムは1970年の『T.REX

最初のティラノサウルス・レックス*4からT.REXに改名しての1枚目

ドラムスではなくパーカッションという編成が面白いと思ったし、それは今聴いても結構変だ

 

いちばん好きな曲は何と言っても2曲目の「Jewel」

他には「Diamond Meadows」「Beltane Walk」「Summer Deep」「Seagull Woman」 なんかかな

いや全曲いいんだよ、結局ね

 

 

電気じかけみたいな声で、バカっぽく賑やかなんだけど、なんだか物悲しいのは、コード進行やトニー・ヴィスコンティのストリングス・アレンジだけじゃなくて、大鷹俊一の言葉を借りて言えば、「物語の結末」を知ってしまっているからなのだろうか

ロックを聴いて、こんなにも胸が押しつぶされそうな気持ちになったのは、この時が最初で、ひょっとしたら最後になるかもしれない

 

 

 

T Rex

 

 

1973年頃までのグラムロック・ブームが去った後は、さすがのT.REXも人気が落ちてきたようだが、1976年に起こったパンク・ブームの追い風もあって、再び脚光を浴び始めていたとのこと

そして死の年の1977年、自身のTV番組『Marc』がスタート、ゲストには盟友デヴィッド・ボウイも出演している

 

 

マーク・ボランの死後、遺産は妻に相続されたが、内縁の妻であったグロリア・ジョーンズという黒人歌手*5には当然ながら一切相続はされなかった

ボランが死んだ交通事故ではグロリアも大怪我を負い、声帯を痛め、歌手活動ができなくなり、ふたりの間には子供がいたにもかかわらず、生計を立てていく術を失ってしまった

すると旧友デヴィッド・ボウイがふたりのために生活費や子供の学費まで全て支払い続けたという

いい話だけど、何よりマーク・ボランのために嬉しくなる

 

 

T.REXのアルバムは1972年の『Slider』までしか持っていなくて、それ以降はベスト盤で断片的に知っているにすぎない

何だかマーク・ボランに申し訳ない気がしてきた

 

(敬称略) 

*1:1972年リリース

*2:1980年リリース

*3:1971年リリース

*4:Tyrannosaurus Rex

*5:「Tainted Love」というヒット曲あり 1981年にSoft Sellがカヴァーしてまたヒット

書店のブックカバーに想う

新品の本を買う時、店員さんに

「ブックカバーはお付けになりますか」

と訊ねられると、

「袋でいいです」

と答える

それが書店側にとって良いのか悪いのかは分からないが

 

ブックカバーが掛けられてしまうと、後で何の本だったのかが分かりにくくなるからだ

買ってすぐに読むのなら、それでもいいけど

でもここ数年じゃ、わざわざ新品を買うということは、ほとんどがすぐに読む本の場合が多いので、カバーはついていてもいい訳だが

 

 

学生の頃は今と違って、買う量と読む量に大きな差がなかったので特に問題とはならなかったが、働くようになると、買う量と読む量のバランスが崩れてきた

買ったはいいが読んでいない、書店のブックカバーが付いたまま放置された文庫本が増えてしまったのだ

それである時決意して、それらの本にはブックカバーに何の本かを書くようにしたので、開かずして判別できるようにはした

 

カバーがかかったままで新品同様かと思いきや、本自体がけっこう変色していたりして驚く

そりゃそうだ、もう買ってから何十年にもなっているのだ

いい加減、読むか処分するかを決断すべきなのかもしれない

 

ところで、買って何年もたってから読んだ場合、ついたままになっていたブックカバーは不要となり処分するんだけど、物によっては妙に愛着を感じて、捨てられないのがある

特に、若い頃に買った東京の書店のブックカバーだ

 

関東在住かあるいは出張等でよく東京に行く人にとっては、別に何だというものではないのだろうが、俺のように東京が「懐かしの街」になってしまった者にとっては、なんだかね

まあ、あまりいい事だとは思わないけれども

 

 

と、そんな訳で今でも捨てられないでいるブックカバー

渋谷の大盛堂本店のもの

何冊かあったんだけどみんな読んでしまい、その都度捨ててきて、これが最後に残った1枚だ  

 

 

f:id:s-giraffeman:20180926001154j:plain

谷崎潤一郎武州公秘話』中公文庫

 

 

そして何と現在、大盛堂本店は場所が変わっていた

知らなかった

娘がブックオフで買ってきた雑誌『QJ矢沢あいの時代)』、俺もぱらぱらめくっていたら、大盛堂本店閉店の記事が目に飛び込んできた

2005年の記事だった

何だ今頃、と言われても返す言葉は無い

 

ニュースなどで渋谷駅前が映った時、

「あれ、ひょっとして」

と思ってはいたけど

移転してたんだね

 

俺が最後に東京行ったのが2004年

その翌年の出来事だったとは

 

f:id:s-giraffeman:20180926000934j:plain

 

まあ、本当にどうでもいい話ですみませんでしたね

しかも俺は新宿紀伊国屋派だったから、大盛堂の方へはそんなに行ってないんだよな

いや、それでも俺、結構びっくりしたのよ

 

…失礼します

 

(敬称略)