ぱらの通信

思い付きと思い込みの重い雑感集

女性問題の難しさ 官僚セクハラ疑惑をキッカケに

財務省事務次官の女性記者に対するセクハラ疑惑が、セクハラだけでなくパワハラや更にはハニートラップ疑惑にまで波紋を広げている

この騒動、下世話な話でありながら、一方では何だかスッキリしない不明な点がいくつかあり、個人的にはそこに興味を感じている

 

ここではそれに関する個人的見解を披瀝するつもりは全くないが、ただ当方が男だという事もあってか、よく呑み込めないところがある

いわゆる「女性問題」の一筋縄ではいかない部分とでもいうところだが、取り敢えず疑問点を一つにしぼると、取材とはいえ夜に男と二人っきりで会う事への危機感はなかったのかという事

 

実際のところどうなのだろうか

それ程難しい問題ではない筈だが、解決への糸口は見えそうで見えない

下手な事を言おうものなら、女性差別や女性蔑視と受取られかねず、炎上は必至だ

 

たまたま見たテレビの情報番組で、ある政治記者から、取材というものは1対1が基本であり、ましてマスコミ側でも女性記者を使って有利に事を運ぼうとすることはしない、という解説があった

 

しかし俺にしたらそれこそがよく分からないところだ

それは業界内部の考え方にすぎず、外部の人間には通用しない、もしくは理解を得られないのではないか

性善説に則ってという事かもしれないが、セクハラ行為の有無が結果論任せじゃ不安じやないのか、と

仮に自分の身内なら、日中はともかく夜中に独りで呼び出されて1対1で男と合わなければならない仕事なんて、即刻やめてほしいと思う

 

しかしそんなことを言っていたら女性の社会進出なんて無理ではないか、という意見もあろうかと思うし、それこそ女性蔑視、女性差別、女性排除だという批判もあるだろう

 

それに対しての答え、対策は、俺には無い

この世の中には残念ながら、人を殺す奴もいれば、物を盗む奴もいれば、暴力を振るう奴もいれば、セクハラをする奴もいるという事を認識して、できるだけそんな人間に関わらないように気を付けるべきだ、としか言いようがないだろう

 

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 猫の画像でちょっと一息

 

 

それにしても今回の騒動は、セクハラとパワハラと、もし何ならハニトラと、個別で考えなければならない事柄の筈だが、そこへ政局に持っていきたい論調もあったりしてピントがぼやけたまま

おまけに流行歌よろしく「#Me Too」だのとはしゃぐ醜い議員が現れ、それに対してよせばいいのに調子こいて悪口を言うバカ議員まで出てきて、問題の本質からは遠ざかっていく一方だ

 

しかし、こんな事になってしまうのはマスコミ自身、身内の事はなかなか批判の対象にしない、できない、或いは分からない、という事にも一因があると思わざるを得ない

どうか信頼回復に努めてほしい

 

 

本音を言うと、セクハラやパワハラの問題を各種メディアで見聞きするたびに、なんだか面倒臭そうだな、とつい思ってしまう

苦しんでいる人には大変に気の毒だと思うが、識者の解説や意見などには違和感や時には嫌悪感すら覚えてしまう

 

ただ娘を持つ父親としては、女性へのセクハラ、パワハラに対して規制なり警戒なりが厳しい社会になるのは大歓迎だ

 

 

実を言うと、俺もかつては女子社員との会話では得意になってよく下ネタをぶち込んだものだが、笑顔の陰で苦しんでいた人がいたのかもしれない

無邪気な時代よ、さようなら 

 

 

 

カヴァー曲が多過ぎる⁈

10年以上前から思っている事ではあるが、最近カヴァー曲が多すぎやしないだろうか

とりわけテレビCMで使われている曲のカヴァー曲比率が高いように思う

あれらはオリジナル曲ではダメだったのか

 

あと、カヴァー・アルバムなんていうものも多く出ているようだが、あれは一体なんなのか

カラオケでも行けば、みたいなね、感じがする訳だが…これは少し言い過ぎとして…

 

 

それはたぶん業界内の事情であって、部外者がとやかく文句を付ける筋合いの問題ではない

それに若い人にとっては、過去の名曲を知るいいキッカケになっているだろう

現にうちの子供たちは、星野源のお陰で布施明の「君は薔薇より美しい」という名曲に出会う事ができた訳なのだ(あれは本当に名曲だ)

 

しかも今の若い人にはオリジナルの音やアレンジじゃ古臭く感じるところが、カヴァーされる事で最近風の装いとなり、ぐっと聴きやすくなるんじゃないかな

CMの場合だと商品イメージがあるから、音楽が昔臭いのはダメなのかもしれないしね

 

そしてカヴァー・アルバム、あれは歌手が自分の歌唱力をアピールする狙いもあるのか

男性歌手が女性歌手の歌を歌ったり、別ジャンルの歌に挑戦したり等々…

 

なんて、ホントはどうでもいい事なのでこの辺にしておく

そもそもカヴァー曲やカヴァー・アルバムが以前に比べて増えたかどうかも不明だし

 

 

この前、カメレオンズのCDを買って、オリジナル曲はとても素晴らしいのに、ボーナストラックのカヴァー2曲はとてもつまらなかった、と書いた

その曲とはD・ボウイの「ジョン・アイム・オンリー・ダンシング」とビートルズの「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」なのだが、つまらないと思った理由はいたってシンプルで、要するにカメレオンズらしさが出ていないという事

自分たちのオリジナル曲であるかのようなアレンジでやって欲しかった

 

そしてそもそも何故その選曲だったのか

ボウイでもビートルズでも、別の曲の方がもっと面白い出来になったのではないかと思った(一応くどいようだが念のためもう一度言うと、オリジナル曲は最高なのだ、だからこそ余計に悔やまれる、という意味で、そこのところヨロシク)

 

 

ところで、他人の曲をカヴァーするという事に、特別な意味合いを持たせたのは、メジャーなところではD・ボウイ1973年の『ピンナップス』かなと思うし、マイナーなところではスコット・ウォーカーの1967年から始まる、ジャック・ブレルの一連のカヴァーかなと思う(実際ボウイはそれに相当の影響を受けている訳だが)

 

もっともこれに関しても、更によく調べなければ確かなことは言えないので、ここではあくまでも俺の知る範囲でと断っておくが、しかし少なくとも初期のビートルズストーンズがやっていたカヴァーとは明らかにコンセプトは違ってきている

 

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と、そんな訳で俺が知る範囲での、素敵なカヴァー曲をいくつか紹介しておこう

 

  1. Bauhaus - Telegram Sam (T-Rex)
  2. The Cure - Purple Haze (Jimi Hendrix)
  3. Devo - Satisfaction (The Rolling Stones)
  4. Yellow Magic Orchestra - Day Tripper (The Beatles)
  5. Japan - Ain't That Peculiar (Marvin Gaye)
  6. The Slits - I Heard It Through the Grapevine (Marvin Gaye)
  7. The Flyng Lizards - Move On Up (Curtis Mayfield)

 

これらは原曲を知っても知らなくても楽しめる素晴らしいアレンジであり、それぞれの個性が見事に出ている

カヴァー曲をやる以上はここまでやってほしいものだし、こういうものだと思う

 

何となく好きだから、とかプロデューサーに言われたから、とかそんなのは論外で、あくまでもコンセプトありきで取り組むべきであろう

 

カヴァー曲というのもは、そのミュージシャンの個性・魅力・才能などを残酷なまでに露呈させてしまうので、安易に手を出すべきではない、と素人ながらも偉そうに提言しておく 

 

(敬称略)

 

 

 

 

ノスタルジアとフェティシズム

背表紙を見てちょっと面白そうだと思って、前田亮一著『今を生き抜くための70年代オカルト』を買ってざっと読んだところだ

 

著者同様、俺も小学生の頃は、UFO、雪男、ユリ・ゲラーツチノコネッシーノストラダムスなどに関心を持ち、日テレの『木曜スペシャル』は必ずと言っていいほど観ていたし、以前にここでも書いたように映画『ノストラダムスの大予言』も観に行った

 

また、文中で触れられている訳では無いが、学研から出ていた『七つの世界の七不思議』などの超科学本(?)シリーズに熱中していたことを、読みながら思い出した(あれらの本は今も実家の物置にあるんじゃないかな)

 

しかし現在、オカルトに関心の無い俺には初耳の話題が多く、そこが面白くもあり、またキツいところでもあった

前田のように千葉大出身の知的なオタクと違い、俺は知的どころかオタクですらないので、その方面の知識は小学生時代の断片的な状態のままで止まっている

実を言うと俺にとっての70年代のオカルトは、最早ノスタルジア以外の何物でもないのだ

 

ほぼ完全にノスタルジア化しているものは、70年代のオカルトに限った話ではない

ウルトラマンウルトラセブン仮面ライダーも歌謡曲も、客観的評価以前にノスタルジア化してしまい、ほとんど無批判のまま「好き」だという事になっている

 

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それら個人的ノスタルジアは、よく言われるように味や匂いや音によって喚起されることが多い

だから小中学生の頃に流行っていた歌を不意に耳にした折など、突然に当時をリアルに思い起こす事はあっても、例えば仮面ライダーなどの映像を観ただけでは、多少の懐かしさは感じはするものの、それ以上の感慨は無かったりする

 

ついでに言うと、それが過去の終わってしまった恋愛に関する事だったりした場合は、ほとんどトラウマ的フラッシュバックが起きたりするわけで、それはまさしくプルースト的主題なのであるが、たぶん誰しもが口にはしなくとも経験する事なのではなかろうか

 

 

しかし、俺はそんな感情を特別なものと思いはしても、それ以上調べたり集めたりなどはする事があまりない

いや、多少調べたりすることはあったとしても、物を集めたりなどはしないように努めてすらいる

 

大した物ではないはずなのに、ずっと手元にある事で、魂が宿ってしまうようになると困ってしまうからだ

付喪神(つくもがみ)とはよく言ったもので、よくよく気をつけていないと痛い目に合うのは明らかだ

 

 

とまあ、そんな人間である俺が先日、子供たちが幼い頃に使っていた布団やシーツ、おもちゃ、ぬいぐるみ、肌着などを処分させられた

妻が選別して纏めた物を俺に捨ててこいというのだ

さすが女という連中は、「モノ」に執着などしない現実主義者だ、と思う

 

 

そんな訳で雨の中、市のごみ処理センターへ行き、結構な量のガラクタ類を処分してきたのだが、とても暗い気持ちになってしまった

処分した物すべてに記憶や思い出がある訳ではなく、それどころか捨てるとなった時まで目にする事すらなかったのに

 

しかし、今では別人になってしまった、あの天使たちが確かに使っていた、遊んでいた品々との別れ、喪失感、寂寥感

ああ、供養してから処分すべきだったろうか

 

物は魂が宿る前に早めに捨てる事

 

 (敬称略)

 

カメレオンズやフェルトのことなど あるいは近所住まいの見知らぬ同志

会社はどうにか3月も乗り切った

ここまで来れば6月までは行けそうな気配がする

何だかこの半年間、ツブれるツブれるといい続けてきたにも拘らず、こうしてまだ会社が存続していて、まるで「ツブれるツブれる詐欺」になってきたみたいだ

それに関してはお詫びのしようもないもないのだが、決して悪気はないので、どうかお許し願いたいと思う

 

さて本題

相変わらず休みの日はブックオフに行って本・CDチェック(パトロール)をしているが、108円の本なんかで少しでも引っかかるものがあるとついつい買ってしまう

そんな安い本が大量に家にはあり、一体読むのはいつになるんだと自分でも呆れているが、職を失うまでの道楽だと最近は考え直したところだ

 

本はそんな感じで基本的に108円のものを中心に買う訳だが、CDとなるとそう頻繁に買うわけではない

そもそも俺の住んでいる田舎町では俺好みに偏ったCDなんかに出会うことが稀である為、チェックするといってもサッと見て終わる場合がほとんどだ

 

ところが3月の品揃えは違った

どうやら近所に俺の「同志」が住んでいて、結構な枚数を手放したようなのだ

おかげで欲望に負け、俺にしてはいつも以上に多めの出費をしてしまった訳だが、その購入リストを以下に挙げておく

 

  1. The Chameleons - Strange Times
  2. Rain Tree Crow - Rain Tree Crow
  3. The Stranglers - Singles・The U.A. Years
  4. John Cale - Guts
  5. Felt - Absolute Classic Masterpieces vol.2

 

と、こんな感じで、どれも280円か500円のものばかりだ

一応簡単にそれぞれの解説と感想を書いておこう

 

1のカメレオンズはイギリスのニューウェーブ・バンドでこれは86年のサード・アルバム

俺はアナログで1stと2ndを持っていて愛聴していたが、この3枚目からは何曲かしか知らなかった

曲もさる事ながら、ギター2本のアンサンブルが特徴的で素晴らしい

ただヴォーカルのやや大味なのが玉に瑕(個人的意見ね)

ボーナス・トラックにボウイとビートルズのカバーをやっているが、どちらもとてもつまらない(同上)

でもオリジナル曲は最高

 

2は元ジャパンのメンバーが再結成して作ったアルバム

大体の内容は知っていたけど、通して聴くのは初めて

デヴィッド・シルヴィアン色が強く、故ミック・カーンのベースが控え目でとても残念

いや、知ってはいたけど…

 

3のストラングラーズは一応分類はパンク・バンドでいいのかな

これは82年までのシングル集

10代の頃アナログの別のベスト盤を持っていて愛聴していた

フランス語で歌われる「ラ・フォリー」、久しぶりに聴いたらゲンズブールっぽくて二重に感激(昔はゲンズブールなんて聴いたことなかったから)

 

4はジョン・ケイルの1974年から77年まで在籍したアイランド・レーベル時代のベスト盤で、その間のアルバム3枚からの選曲プラス当時の未発表曲1曲なので非常に濃い(?)内容となっている

このジャケット、何だか好きだったのでずっと欲しかったが、この時代のアルバム持ってるし、ジャケだけで買うのは不経済だしな、なんて思っていた

それがなんと280円で手に入ったのだ、非常に満足している

 

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5のフェルトもニューウェーブネオアコネオ・アコースティック)・バンドで、繊細なギター・ワークと変態っぽいヴォーカルが特徴

これは86年から88年までのバンド後期のベスト盤

前期しか知らなかったんだけど、初めて聴く後期は正直言ってイマイチに感じた(メンバーが変わったせいかも)

俺は断然前期派だという事が分ったけど、でも満足

 

 

という訳だが、他にも持っているから買わなかったもので、ジュリアン・コープが5枚くらい、ルー・リードの「ロックンロール・ハート」、初期のニュー・オーダー2枚、スミスが3枚、あとなんだっけ、いずれそんな感じのものが近所のブックオフに格安で売られていたのだ

突如現れたこれらのCDは、きっと全て「同志」が売り払ったものに違いない

 

ついでに10年以上も昔の話だが、ビン・缶・紙のごみの日に中央公論社の「世界の思想」シリーズが10冊以上捨てられていて、しかも箱付きの綺麗な状態だったので、いけない事とは知りつつも5冊ばかり失敬してきた事がある

それはそれぞれアウグスティヌス、カント、ヘーゲル、ミル/ベンサムクロポトキン他の巻だった(いまだに解説しか読んでいないけど)

誰が捨てたのかはもちろん分からないが、俺は密かに「先輩」と呼んでいる

 

大村憲司の『春がいっぱい』CD版を遅ればせながら遂に入手しましたの巻

大村憲司のギターが好きだ
もちろん好きなギタリストは他にも沢山いるが、技術・音色・音楽性などなど総合的に考えると大村憲司がナンバーワンである
YMOのサポート・メンバーだった頃は俺が中学生の時で、リアルタイムで夢中になっていたから尚更なのだが、そんな同時代性というのも高ポイントにつながっている
例えばジミ・ヘンドリックスやミック・ロンソンも大好きだが、同世代性が薄いので、少しポイントが下がってしまうというわけだ
 
 
ロック・ギタリストなので、ソロというのがその魅力の中で占める割合は大きいわけだが、大村憲司のソロ・フレーズはエモーショナルでドラマチック…なんて陳腐な形容でお恥ずかしい限りだが、しかし俺にとっては最早「刷込み」のようなもので、一つの理想形になっている
いくつかサンプルを紹介する
 
王道のギターソロでは、例えば高橋幸宏「The Core of Eden」での粘っこいブルージーなやつで、実にロックなソロ
あと別のタイプのソロとしては、例えば矢野顕子「また会おね」、EPOの「太陽にpump!pump!」、飯島真理の「Secret Time」などで聴くことができる、曲の終わりに歌の後ろで盛り上げていく、後奏(アウトロ)・ソロで、フレーズが親しみやすい(?)ポップなソロ
更にもう一つはノイジーな、例としては高橋幸宏「Grass」とか自身の「Knife Life」などで聴けるニュー・ウェーブ的なソロ
 
特に二つ目の「曲の終わりに歌の後ろで盛り上げていく」タイプのソロが、個人的には大村憲司らしさの一番出ているものと感じている
というのはこの手のギターソロはそんなに珍しくはないはずだが、大村憲司が弾いているものはとにかく印象深い
ギターがジワジワっと後ろから出てきて、決して弾きまくるという事はせず、歌に寄り添うように並走、時には歌を引き継ぐ形で曲が終わっていくというパターン
シビれます
 
ソロ以外ではバッキングの妙というか名人芸っていうのがあって、例としては’80年のYMOワールド・ツアーでの「東風」、効果音的に音を置いて彩りを添えるタイプの、ああ俺に音楽的素養があればもっと明快に楽理的な説明ができるのに…
ちょっとギターの開放弦風なハーモニーなんだけど、開放弦じゃないし、ポリスのアンディ・サマーズに近い感じの、何と言えばいいのやら、まあとにかく名人芸なんだね
 
 
大村憲司は1998年11月28日に肝硬変で亡くなった(享年49歳)
リットー・ミュージック刊「ギター・マガジン」の1999年3月号では、大村憲司の追悼記事が組まれている
大村憲司の生前のインタビューの他、YMOの3人、矢野顕子大貫妙子加藤和彦山下達郎など、「ギター・マガジン」にはあまり縁のないミュージシャンのインタビューが載っていて、俺にとっては永久保存号だ
 
その追悼記事の中で印象深いのは、コード(和音)のおさえ方の違いによる音の響き(ヴォイシング)の使い分けが凄かったという加藤和彦と、アレンジャー的には決して使いやすいミュージシャンではなかったのは「本物」だったからと語った坂本龍一山下達郎
坂本と山下はほぼ同様のことを語っており、何だか面白い 
 
 
昨年、同じくリットー・ミュージックから書籍『大村憲司のギターが聴こえる』が発売されている
俺はまだ手に入れていないが、生前のインタビューやら機材の紹介やら未発表音源のCDやらが付いた素晴らしい内容のようだ
 

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という訳で爽やかなギターインストで幕を開ける『春がいっぱい』である
YMOのメンバーをバックに制作されたこのアルバムは、当時のYMO的、ニューウェーブ的風味がきいていて、ギタリストのアルバムとは一風変わったポップな仕上がりである
生前のインタビューでは、周囲では賛否両論あったと語っているが
ギターインスト3曲に間奏曲風のが2曲、歌もの5曲の全10曲、表題曲「春がいっぱい」はシャドーズのカバー
YMOの80年ワールド・ツアーで毎度演奏されていた「Maps」も収録されていて、それがアルバムの白眉か、いやさっきギター・ソロのところで触れた「Knife Life」も地味ながらメチャクチャカッコいいし…
 
 
残念ながら、大村憲司は生前に4枚のアルバムしか残さなかった
セッション・ギタリストとしての仕事が多かったので仕方が無いといえばそれまでなのだが、タイプ的にはギター中心でなくとも需要が多くあったはずなので、本当に悔やまれる
その後、現在に至るまで未発表音源が次々とリリースされていて、今では結構な枚数になっているが、それは大村憲司の存在がいかに大きなものだったのかを示している
 
 
ところでわざわざ今回『春がいっぱい』のCD版としたのは、レコードの方を1981年の発売当時に買って持っていたからだ
しかしレコードプレーヤーが壊れてしまって、それ以降はYouTubeの音源をiTunesに入れて聴いていたのだが、「音も良くないし」と自分に言い訳してとうとう買ってしまった
 
生活に余裕のない身としては、CDでの買い替えは贅沢極まる行為であるので、レコードプレーヤーを買い換えた方がよっぽど安上がりの様な気はするが…
 
 (敬称略)
 

大貫妙子の意外性についてのあれこれ

昨年はビーチボーイズに開眼し、その余波でシュガー・ベイブもよく聴いた

そして更にその余波で大貫妙子の’76年のソロ・デビュー盤から5枚位をまとめて集中的に聴いたものだった

いやあ、とても良かった

 

 

ところで1978年の曲に「じゃじゃ馬娘」というのがある

泥だらけになって遊ぶお転婆娘が年下のイケメンに恋心を抱くものの、その気持ちは知られたくないし、じゃじゃ馬娘だと相手にされないのならそれでいい、という内容だ

 

設定年齢は十代か、あるいはもっと幼い時期、って事はないか

しかし今回問題としたいのはその事ではない

 

この歌が自分の事を題材にして作ったのかどうかは分からないが、少なくとも彼女に「じゃじゃ馬」というイメージはないので、なんだか歌詞に違和感を覚えるところではある

 

しかしひょっとして彼女は自分を「じゃじゃ馬娘」だと思っているのかもしれず、そして実際には世間の思い描く大貫妙子像と本来のの大貫妙子とには随分と差があるのではないかと思った次第だ

それは以下に列挙した事によっている

 

 

大貫妙子は作曲をピアノでしているそうで、その事は実にイメージ通りだが、デビュー前はギターの弾き語りをしていたというのだ

大貫妙子がギター…

 

山下達郎シュガー・ベイブにスカウトされるにあたり、小学校の頃に少し習っていただけのピアノに転向させられたらしい

これはバンドにおける女の子の役割はキーボードであるべきという、山下達郎の思い込みによるものだと、大貫妙子はあるインタビューで語っている

今もギターを手にする事はあるのだろうか

ギターを弾くという印象が全くないので、それはとても興味深い

 

 

マチュア時代はジョニ・ミッチェルキャロル・キングが好きだったようで、それはイメージにぴったりだが、’77年ともなると、やはり時代なのかフュージョンなどを聴きまくっていたらしく、アルバム『サンシャワー』には確かにその影響を感じる事ができる

中でも「Low of Nature」は当時好きだったというトッド・ラングレンユートピアのイメージで作ったとの事で、結構「モロ」な感じがあって面白い

アルバム全曲が坂本龍一のアレンジだからフュージョン色が強いのかと思っていたが、まさか大貫妙子も聴きまくっていたとは

まあ確かにそんな時代ではあった

 

トッド・ラングレンが好きだといえば、’80年の『ロマンティーク』収録の「ディケイド・ナイト」の曲調もなんとなくラングレン的

で、トッド・ラングレン使用のギターで比較的知られているのが、元クラプトン所有だというインド風ペイントされたギブソン・SGとフェンダームスタングであろうが、大貫妙子の’86年の『カミング・スーン』のジャケットで大貫が手にしているギターがやはりムスタング

当時、大貫がギターを手にする事が、そもそもかなり意表を突かれた感じで、しかもアコースティックならまだしもムスタングって、と思ったりしたものだが、実はそこには「ラングレン」の余波があったのかもしれない

 

 

さっきも触れた’80年の『ロマンティーク』、YMOがバックのテクノアレンジの曲があったりなど、その頃のテクノ・ニューウェーブの空気が感じられるアルバムだが、中でも「軽蔑」という曲が当時のテクノポップ的な曲調、アレンジばかりか、歌い方までがそれ風で、現在はもちろん当時もかなり意外性のインパクトがあっただろう

曲名も「軽蔑」だなんて、ゴダール映画のタイトルを連想させられるのも面白い

 

ROMANTIQUE

 

 

昔、’83年の頃に坂本龍一のラジオ番組「サウンドストリート」にゲストで来た際に、最近はU2が好きだって言ってたのを聞いて、かなり意外な感じがしたものだ

ただ、(U2が)ライブで大きな旗を振ったりしているのを見て、少し嫌になったとも言っていたが

 

 

レコードジャケットでも意外なものがある

1977年のシングル「サマー・コネクション」ではスケート・ボードに乗ってはしゃぐ姿だったり、’76年のソロ・ファーストアルバム『グレイ・スカイズ』での裏ジャケでは、何故かグラビア風の、これはシャワー後なのか肩まで出したセクシー路線的なものだったりと、今のイメージからはだいぶかけ離れたものがある

 

当時のレコード会社が、どんなイメージで売り出そうとしていたのかが垣間見える訳だが、当の本人も何故この写真だったのかは謎だと言っている

ただし、これはプロモーションのされ方などに関われないデビューしたての芸能人によくある事だろうから、意外性というのは少し違うだろうが、でもやっぱり…ね

 

 

そんな感じで結構その時代の流行を取り入れたり、また影響されたりしている訳だが、それ自体は当たり前の事で、本来どうという程でもないのだが、大貫妙子のイメージとしては何となく「大貫妙子的世界」がまずは優先しているような先入観があったので、そんな当たり前の事すらが意外なのだ

それは矢野顕子スマッシング・パンプキンズが好きだというのよりも意外だ

 

とりとめもなくだから何なんだという事を好き勝手に書いてきたが、終わり方がよく分からなくなったので、この辺で終わろう

所詮は個人的な思い込みと違う、というだけの事になるのだが、さっき触れた山下達郎の思い込みほどではないと思うよ、たぶん

 

(敬称略)

倒産(つぶれる)まで 13

 将軍と子分の合意書

 

今から十数年前に20億以上の負債を抱えて会社を潰した三代目バカ息子「将軍」と、民事再生法により生きながらえた会社を引き継いだ同い年の「子分」とが交わした合意書なるものが俺の手元にある

 

それは十数年前に民事再生手続きが完了した頃のものだが、我々がそれを目にしたのはそれから3年経ってからの事だ(それだってもう十年近く前か…)

会社のPCの中に残っていたものを同僚が偶然見つけたのだ

 

ほとんどの社員が、二人の間に不正な取引があるだろうとは確信していたが、まさかその合意書がこんな形で出てこようとは、誰一人考えもしなかった

悪い事は出来ないって事だな

 

s-giraffeman.hatenablog.com

 

 

ただし、この内容は法的にどうなのか、専門知識の無い俺には判断できない

少なくとも我々社員はもちろん、債権者に知られると非常にまずいものではあるだろう

 

以下はそれを、名前などは匿名化し原文はそのままに写したものだ

(カッコ内のほとんどは筆者による註で、原文にあるカッコとは特に区別していない)

 

 

 

合意書

将軍(以下甲)と子分(以下乙)は以下の点について合意した。

  1. 甲は乙が代表を務める株式会社X(以下丙:俺が勤めている会社)の経営には関与しない。但し乙が希望した場合はその限りではない。
  2. 甲は乙が代表権を維持できるよう最大限努力しなければならない。
  3. 甲は乙が円滑に経営遂行できるよう助言を求められたら全力で支持しなければならない。
  4. 甲はY社(将軍の知り合いの会社)の丙の持ち株について乙の支配株になるようしなければならない。
  5. 乙は甲の承諾なしには株式の譲渡、売却をしてはならない。
  6. 乙は甲の承諾なしに代表取締役を辞任してはならない。
  7. 乙は甲の承諾なしに丙の株式を増資並びに新株予約権を発行してはならない。
  8. 乙は甲に対して月額金500,000円、車両費220,000円、月額200,000万(200,000円の誤りか)を上限として航空券代を支払う。
  9. 監査役はZ(将軍の母親)とし監査役報酬は月額300,000円とする。

 

双方以上の約束を順守できない場合は甲は乙に対するすべての権利を喪失しまた乙は甲にたしてZ、Q、将軍、R執行役員(Qは将軍の知人,Rは元社員)から譲渡を受けた株式を無償で甲に譲渡しなければならない。また甲乙間で係争が発生した場合は双方紳士的に協議し解決しなければならない。協議が不調の場合は東京地方裁判所に於いて裁判を行う。

 

また以上の効力は双方が生存している限りである。

以上双方署名し実印を捺印し2通作成し双方保管する。

 

乙の連帯保証丙

 

 

 

とまあこんな文書がメール添付の上やり取りされていたようなのだが、上の合意書以上面白かったのが、そのメールでの2人のやり取りである

それは200X年7月27日午前1時22分の、将軍から子分への送信記録から始まっている

(同様にカッコ内は筆者による註)

 

 

将軍:双方後で嫌な思いをしないように、契約書を作成しました。気になるところは修正して返送してください

 

子分:お疲れさまです。少し修正し、付け加えさせてもらいました。車両費ですが、200,000円になりませんか?2万がどうこうでは無いのですが、きっぱりした数字にしたかったので。 修正はしていませんが  ご確認ください。(車両費は初めの将軍の提案では220,000円だった模様)

 

将軍:いいよ20万にしましょう!!プリントして「子分」の社長印と社印を押して送ってください。俺もしてから公証人役場で印もらってきてから1通そっちに送ります。重要なのは自宅に送ろうか?(当時将軍は東京在住だった模様)

 

子分:了解しました。月曜日までに準備して送ります。自分の分の控えの送り先は少し考えさせてください。

 

 

こまで7月27日の分でちなみに午後5時39分が最後

以下は7月31日午前3時18分から再開したメール

ただ上のメールからこのメールまでの間に何度かメールか電話でのやり取りがあった模様

 

 

将軍:Saの件はあまり頭に来て深追いしない方がいいよ。「子分」があんな奴相手にすることないよ!!冷静にね 会長からはキッチリお金返却してもらった方がいいよ!!(Saはその頃に独立して会社を立ち上げた我々の先輩である元社員で子分はそれが気に食わなかった、会長はもちろん将軍の祖父だがここでは呼び捨て、返却してもらうお金とは何のどんなお金か不明)

 

子分:深追いしないようにします。とにかく民事再生が上手くいく事だけ考えて頑張ります。

 

将軍:それを聞いて安心したよ。「子分」は頭がいいから大丈夫だよ。俺も応援してるから。会社はどうでもいいから「子分」が幸せにならないとな。頑張ってね。

 

 

PCに残っていたのは、この7月31日午後4時14分のメールで最後

 

 

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当時は、同い年とは思えない何とも麗しき「師弟愛」があったのかと思う

その後の二人の関係を現在の時点から見ると、悲喜劇以外の何物でもない

 

 

s-giraffeman.hatenablog.com

 

将軍はともかく、少なくとも子分はせめてこの頃に戻りたいだろうな

 

ところで、いくら会社のPCの中にあったとはいえ、こんなプライベートのメールを公表してもいいものなのだろうか

固有名詞は皆伏せてあるからいいような気はするが